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新しいブログへ
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2011.10.04 Tuesday 08:15
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開かれた扉と閉じられている扉。
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2008.10.15 Wednesday 11:03いよいよアメリカに出かける日が近づいてきました。
今日明日の心理の教室を終えたら、やり残している荷物の準備をしようと思っています。
3月にワイス博士のワークショップに申し込んだものの、とにかく右も左も(言葉も)わからず、一時はどうなることかと思いました。
当初は、現地集合という私にとってのこの高いハードルを前にどうするか、呆然と立ち尽くしているだけというような状況だったのですが、
とにかく動き出すしかないと少しずつ準備を始めました。
交通機関の移動などを調べるのも四苦八苦で、やっと目処が立ち始めた頃にとてもラッキーなお知らせが届きました。
それはまるで天からひらひらと舞い降りてきた天使の羽根のメッセージのようです。
同じスクール出身の方のお申し出で、JFK空港から現地まで移動に3時間の距離を参加者のためにバスをチャーターしていただけることになったのです。
しかも間際になって、ワークショップ後の帰りもマンハッタン滞在組のために空港近くのホテル行きだったバスを変更し、送っていただけるという話まで出てきました。本当に有り難いことです。
お世話いただいた方がご自身の貴重なお時間を割き、私達のためにお骨折りいただいたおかげです。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。(合掌)
私にとっては現地で交通機関を乗り継いで決められた時間までに到着出来るかどうかが一番の心配だったので、この企画は本当に助かりました。
どんなこともやはりまず自分が目標に向かって、一歩ずつでも動きだすことが大事なことなのだと思います。
自分の意思で決断し、行動するということは自分の方向性を自分自身が確認し、それを明確にしていくことでもあると思います。
そしてそれを意識化することで同じ破調を持つ状況や、周りとも繋がっていき、同じ環境の方から声をかけていただいたり、援助の手を差し伸べていただけたりして、それがスムーズに運び出すのだと思います。
また何かがうまく運ばないときは何をやっても歯車が食い違い、迷路に迷い込みます。何をやっても先がみえてきません。
そんな時は、何かが間違っていることに気づきます。
どんなこともスムーズに運ぶまでは時間や労力が必要とされます。
その手間を惜しまず、自分の信じる道を進むことで、目に見えない力の後押しが働きます。
そのサポートを信じていると、ある日突然、目の前の扉がさっと開くのを感じる時があります。
開かない扉を幾ら無理にこじ開けようとしても中から鍵のかかった扉を開けることは出来ません。
開かない扉の前でドンドンと扉をたたいて「この扉を開けろ〜!」と怒鳴っても開きません。
自分のために用意された扉が開いた瞬間、ぱっと視界が拓け、目の前に一本の道がみえます。「さあこの道をお行きなさい。」
どこからともなくそんな声が聞こえるようです。
自分と繋がる大いなる存在。天使、ガイド、ハイアーセルフ、月、太陽、宇宙、天、 誰でも何でも良いのですが、私はその時々の状況でお願いしています。
「どうぞその扉の前まで私を導いてください。」「開いている扉を教えてください。」・・って。

ただそれを信じてお願いするだけなので怠け者の私にも簡単です。(笑)
そしてどんな小さなお願いでも、それを聞いていただけたら必ず感謝をします。(^人^)(合掌)
「ありがとうございました。」
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人道の丘
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2008.09.27 Saturday 23:10彼のことを知ったのはもう何年か前のことです。
岐阜県の八百津というところの人道の丘公園に「杉原千畝記念館」があります。 このことは以前ブログにも書いたことがありますが、近頃また気になり始めたのでまた近いうちに訪ねてみようと思います。
「杉原千畝」(すぎはらちうね)
彼は第二次世界大戦中にリトアニアの日本領事館でユダヤ人の命をを救うため 、自分の身の危険も省みず、ビサを発行し続けた人で知られています。
http://www.town.yaotsu.gifu.jp/spot/sugihara/sugihara.html
彼の生涯については過去に何度かテレビでも放映されていました。
ユダヤ人の迫害。強制収容所での強制労働や大量虐殺、子供の頃に読んだ「アンネの日記。」http://www.geocities.jp/torikai007/bio/anne.html
南北戦争時代の人種差別・奴隷制度・人身売買。
相変わらず地球のどこかでは、まだまだ同じようなことが繰り返されいます。
人が人として生きていくことさえ、ままならないような争いが絶えることがありません。
数ヶ月前にテレビで彼が晩年を鎌倉で過ごされている映像を初めて見ました。ご夫婦で海岸を散歩されている姿は、とても穏やかで幸せそうな老夫婦に見えました。
彼のお孫さんはバンコクで宝石を扱う仕事をされているそうです。
私も暮れにバンコクに行ったり、鎌倉にもよく出かけたり、自分の前世のことなどを考えるとなんだか不思議に気になる存在の方です。
「命のパスポート」
大戦当時、日本とドイツは同盟関係にあり、彼の一存でそれをするというのは、彼にとっては命を懸けた決断だったに違いありません。
そしてその勇気が何千人もの命を救ったのです。
人道的援助
人が人として、価値観の違う中でいったい何が出来るのか。
そもそも「ヒト」っていったい何か・・。
もともと人種差別が第2次世界大戦のひきがねになったという話もあります。
私達の子供の頃は学校で「道徳」という授業がありました。
私はいまでも当時の教科書の何ページかを思い出すことがあります。
いまはどうなのかな・・。
それに近い授業はあるとは聞きますが。
人が人して生きる。
「人道」
このテーマは、私も幾つかの前世において繰り返し持ち越しているテーマのようで、このことについて考える始めるとどんどん深くなってしまいます。
でももしかしたら実はとてもシンプルなことなのかもしれません。
★。、::。.::・'゜☆。.::・'゜★。、::。.::・'゜
杉原千畝さんの言葉です。
「私のしたことは外交官としては間違っていたかもしれないが、人間としては当然のこと。私には彼らを見殺しにすることはできなかった 」
★。、::。.::・'゜☆。.::・'゜★。、::。.::・'゜
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夜空の下のヒーリングコンサート
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2008.09.21 Sunday 08:16先日、時々出かける喫茶店で夕方からjazzのヒーリングコンサートがあり、出かけてきました。
田んぼの中のログハウスで、ちょっとしたハーブ園や池もあり、喫茶店のテラスの下にある広場を利用した野外でのコンサートでした。


ここのところ少し時間的にタイトなこともあって、到着が開場より少し遅れてしまい、駐車場も想像以上に車が多く、テラスは既にいっぱいでした。
、_(・・ ))キョロ(( ・・)キョロッ
行き慣れているお店と言うこともあり、ちょっと甘く見ていました。
それでもなんとか用意していただいた席で心行くまでjazzを堪能させていただきました。
外を吹く風がとても心地よく、星降る・・、、とまではいきませんでしたが、
ディープパープルの紫がかった空の下、あっという間の時間でした。
サックスとフルートを奏でる浜崎航さんは、医師の免許ももたれているミュージシャンで、Dr によるヒーリングコンサートです。
日本のJazz界でもいま注目のアーティストの方なのだそうです。
ベースの低音、ドラムの歯切れ良い刻み、そしてキーボードの繊細で迫力のある音色も加わり、しばし時を忘れてどっぷりとその世界に浸っていました。
まさに魂が喜びそうな癒しの時間でした。
http://www.watarujazz.com/
そして前半のもう一組のゲスト、いま流行の自称「地元のおやじバンド」、紅馬(beniuma)音楽団も気さくで、また違った魅力があり、まさにローカルな話題で盛り上がった楽しいひとときでした。
こちらは治療院の院長をされているリーダーをはじめとするコミカルなメンバーで、
楽器は、パーカッションやコンガ、アコースティックギターが中心のバンドでした。
中でも「コーヒールンバ」の演奏は特にエキゾチックな雰囲気がなんとも歯切れよくとても心地良く、最高でした。
他にも井上陽水の「飾りじゃないのよ涙は」など、
また機会があったら是非聴いてみたい演奏でした。
http://beniuma.com/beniuma/profile.html
途中、雨や風の影響で多少のアクシデントもありましたが、 そんな自然な中でのライブも素朴でいいものです。
やっぱり音楽は癒されます。
身体中のエネルギーが調整され、活性化される感じです。
秋の夜長、時にはこんな過ごし方もいいものですね。
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奈良を歩く
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2008.08.26 Tuesday 22:42昨日は奈良に出かけてきました。
自宅から車・電車・新幹線、京都でJRに乗り継いで片道4時間半くらいでしょうか。
日帰りで出かけたので、奈良公園周辺のエリアを中心に歩きました。
まずは東大寺までバスで向かい、「正倉院」へ。
このあたりは鹿さんとの共存。外国の方も多いですね。
足元を見ると鹿のフンがいたるところに。
伊勢神宮で鹿と遭遇するととても有り難いのですが、
ここには「鹿に注意!」という道路標識まであります。
鹿の団体がバスの前を平気で横断していました。
ここで鹿せんべいなどを手にしようものなら、それはもう大変。(O.O;)(oo;)
すごい勢いで人気者になってしまって、一瞬のうちに取り囲まれてしまいます。
また何か持っていそうだと鹿のストーカーにあいますので、とにかく目を合わせないように歩きます。(笑)
正倉院は東大寺金堂のちょうど裏あたりにあります。
シルクロードの終着点と言われているので、シルクロードに興味のある私としては是非一度はみておきたいところ。
ところがここで気になったのは正倉院よりも、その横にまつられている小さな御社です。
そこで案内をされている方に聞いてみましたが、龍神様?
この正倉院を火災から守るための水の神様ではないかということくらいしかわからないということでした。
年が明けてから、とてもリアルなメッセージ性のある夢をみて、それからずっと気になっている名前があります。ここでその名が出たのでて少し驚きました。
以前、鎌倉でもその名前と同じお寺に出かけてみたりしたのですが、未だ確信がなく、このあとに出かけた春日大社の中にもその気になる名前の末社がありました。
うーん、これが謎で、何を意味するのかいまひとつ掴めないでいます。
今回の奈良行きは、やっぱり毘沙門天(多聞天)とも何か関係がありそうです。
東大寺は、2年ぶりくらいですが、南大門の「あ」「うん」の金剛力士像の大きさには、圧倒されます。
しばし、うっとりと見とれていました。
やっぱりいいですねえ〜。素晴らしいです。
この巨大な仁王様も好きですが、更に気になるのが金堂の「多聞天」です。

「多聞天」は毘沙門天と同一視されています。
四天王のうちの一人でもあり、須弥山(仏教における世界観をあらわしている所)で北を守るお役目です。
この多聞天との繋がりについてはまだまだ知ることがありそうです。
そして春日大社へ。
ここは末社がたくさんあり、暫くお参りにいけていない神社にも久しぶりにお参りさせていただけて良かったです。
それにしても春日大社の中って広いですねえ・・。
普段いかに歩いていないかということを実感しました。
せめてこんな時くらいは歩かないと・・。σ(^◇^;)
結構ハードでしたが、
雑木林の中は涼して気持ちよく、緑と土の匂いに癒されながら気持ちよく歩けました。
そして「興福寺」のあたりも、気になっていた五重塔とか、
今回は列車の旅だったので、今まで見ることが出来なかった景色も色々と目にすることが出来ました。
とにかく歩きました。ひたすら歩くのみ。
良い運動になりました。
ここのところずっと雨が続いていたので、天気が気になっていましたが、
なんとか一日、傘を広げることなく周らせていただきました。
雨の影響で朝から新幹線が大幅に遅れたり、奈良でも線路内に人が侵入し、帰りの列車が遅れるなど、多少のアクシデントはありましたが無事一日を終え、帰宅しました。
今回の旅はまた面白い展開に繋がっていきそうな気がします。
次はどこへ・・。それはまたこれからの楽しみです。 -
「諦める」と「明らめる」の違い
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2008.08.24 Sunday 23:38今日は個性心理学の講演会に出かけてきました。
わかりやすく言うと少し前に流行った「動物占い」です。
動物キャラナビなどの本の著者でもあり、
個性心理学研究所の所長の弦本 將裕(つるもと まさひろ)さん、ご本人による講演会でした。これは単なる占いではなく、自分の生まれた年月日時間から宇宙の法則に基づいたもので、ホロスコープや四柱推命などが基本となっていて、とても理解しやすく楽しい心理学です。
会場ではまずグループごとに分けられます。
月(いい人チーム)と地球(しっかりチーム)と太陽(天才チーム)です。
この中に幾つかの動物が個性によって分けられています。
これは中国の陰陽五行の木火土金水(もっかどごんすい)と同じです。
ジャンケンで言えば、月がクグーで、地球がチョキ、太陽がパー、というように、月は太陽に弱く、太陽は地球に弱い、地球は月に弱い、というようにその相関関係がわかります。
またそれぞれの特徴もとても面白く話していただいたので、あまりに的を得ていて、ずっと笑いっぱなしでした。
そしてどの存在も必要であることをとても上手に話されるので、心も温かくなります。
そんな中で人間関係のお話になり、ストレスの原因は突き詰めていくと、なんと90%以上は人間関係の問題なのだとか。
それをどうするかと言ったら、
「あきらめる」ことなのだそうです。
一瞬、えっ(・・? と思いますが、
漢字で書くと
諦めてはいけない、この「諦める」をイメージしますが、
そうではなく「明らめる」のあきらめるなのだそうです。
「はっきりさせる」と言う意味の方です。
あきらめる=受け入れる。
「明」と言う字は「日」と「月」から出来ています。
これは日と月。つまり陰陽です。
どんなことも宇宙はこのバランスで成り立っています。
陰と陽。月と太陽。表と裏。上と下。右と左。男性性と女性性・・。etc
相手の存在を認めることで明らめるのです。
なんという気持ちの良い、潔い「明らめ」でしょうか。
このグループはこうだから、これは個性であり、もうどうしようもない。
良いことも悪いことも丸ごと受け入れ、そしてそれをうまく利用する。
どのグループも必要な存在であり、どのグループがかけてもいけなくて、フォローをしあっているから地球がうまく機能しているのだということを、
とても楽しく、ユニークに、そしてシンプルに話されるので納得がいきます。何も難しいことはありません。
ただそう思えばいいのですから。とてもわかりやすい心理学です。
これは昔から
「一線を引く」「距離をとる」という、そんな言葉で表現されてきたことです。
私たちの間では「境界」という言葉を使っています。
お互いに何か問題が生じた時に近づきすぎたことを反省し、「一線を引き」ます。そしてその後、「距離をとる」ことによって、相手に対する構えを変えて、付き合い方をかえていくということになります。
もちろん初めから不都合を感じる場合は予め、距離をとっている場合もありますね。
「境界」・・・。
これは出来ていそうで出来ていないことが多く、
私もどうかするとつい関わりすぎてしまっていることを反省する時があります。
たとえ仲の良い間柄でも相手のことにどこまで関わるか・・、
それは簡単なようでとても難しく、特に仲の良い友達、親子、兄弟姉妹、夫婦間、恋人、・・。このあたりになるともう境界をどこで引いていいのかわらなくなってきます。
ゲシュタルト心理学では、こんな一説でそれを理解しやくしています。
★。、::。.::・'゜☆。.::・'゜★。、::。.::・'゜
ゲシュタルトの祈り
私は私のことをし、あなたはあなたのことをする。
私はあなたの期待に沿うように生きているわけではないし、
あなたもまた私の期待に沿うように生きているわけではない。
あなたはあなたであり、私は私です。
もし何かの縁で同じ考えだったりしたらそれはとても素晴らしいこと。
でももし、あなたと私の考えや要求が違っていたとしても
それは仕方がないこと。
なぜならあなたと私はちがう存在なのだから。
★。、::。.::・'゜☆。.::・'゜★。、::。.::・'゜
ここからは自分の問題、これは自分が決めること。考えること。
ここからは相手の問題。ここからは相手が決めること。考えること
「境界線」がひけるかどうか・・・
それは相手への優しさでもあると思います。
たとえば、世話を焼きすぎる人がいます。
これは一般に母親、上司、がよくやっていますね。
相手の迷惑も考えず、自分が良かれと思って、世話を焼く。
それが愛情と勘違いしています。
あとから「私があんなにもしてあげたのに」「あなたのためを思って」という言葉が出るのが特徴です。
(相手にしてみたら頼んでもいないのに良い迷惑ですね。)
これは実際のところ、境界が引けていないということになります。
「お節介」と「優しさ」は違います。
相手の力を信じ、相手を見守る、相手の存在を認める・・・、
それが本当の優しさですね。
相手が自分の思い通りにならないことへの苛立ちや批判などもそんなところから生じてきて、不愉快な感情を味わうことになります。
まず、お互いの存在を認め合う・・・。
そこから「境界線」がみえてくるように思います。
あなたと私は違う人・・・。なのです。
わかってもらえないから怒りをもって「諦める」のではなく、
相手のことを理解して、気持ちよく「明らめる」のです。
辞書に書かれている「諦める」と「明らめる」の違いです。
★「諦める」は・・、
もう希望や見込みがないと思ってやめる。
断念する。見限る。見捨てる。見切りを付ける。匙(さじ)を投げるなど。
☆「明らめる」は・・・、
事情や理由を明らかにする。はっきりさせる。
心を明るく楽しくする。気持ちを晴れやかにする。 -
願いを叶える 〜宇宙のサイクル〜
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2008.08.23 Saturday 23:04この夏はオリンピックの番組を見ることが多かったような気がします。
今までは、そんなに関心を持っていなかったのですが、
やはり人が一つの目標に向かって頑張っている姿は、それを観ているだけでも感動を覚え、元気も出ます。
ひとつ前のブログで「自分を信じる」ことについて、なんとなく書いてみましたが、それはオリンピックを観ているとまさにその通りだと改めて思います。
金メダリストの方の(金に限らず、銀も銅も)コメントを聞いているとそれがとても顕著に表現されています。
彼等は、
自分信じ、仲間を信じ、そして絶対に諦めていません。
その強いエネルギーが勝利へと導いています。
自分が欲しいものを手に入れたり。夢を実現できる人は、ただ単に「運」が良いとか、生まれ持った「才能」だけではないと思います。
彼等はその目標に向かって、確実に努力をし、そのことだけを考えて、そのことに人一倍エネルギーを注いで来たのです。
それをその一瞬にどれだけ集中し、最大限に発揮できるか。
それが一つのポイントにもなりますね。
スポーツ選手は、メンタルな面でイメージトレーニングをほとんどの方がされているようです。
催眠でもイメージが出来るということはとても大事です。
催眠に上手に入られる方は、とても素直で、自分を信じることが出来て、
決して諦めないことを知っている方だと私は思っています。
イメージする力があると願いも叶いやすくなります。
あたかもそれが、叶ってしまっているかのようなイメージをすることで、それを実現させてしまう不思議な力を持っているのです。
新月の願い事を完了形ですると現実になると言われていますが、それはこれと同じことです。
ものは試しに・・、
願い事を新月の間に、白い紙に幾つか完了形で書きます。
例えば・・、
「私は〜しています。」「〜出来ています。」
「ありがとうございます。」←お礼と感謝の気持ちを忘れない。
そして、それを月に住む月の女神様に会いに行き、手渡すイメージをします。
(※私のところも月の女神ですが、私のところではありませんよ。(笑))
こまかく言えば、何座(星座)の新月かによっても得意な願い事があるようですよ。
ちなみに次の新月は8月31日ですね。
前回の8月1日はしし座の新月だったようです。
時間もその時によって違いますので、その時間内に行う方がより効果的と言われています。
ネガティブな願い事(たとえば、恨み、呪い、復讐などのような)は、結果としてカルマと言う形で自分に返ってくる可能性があるので、内容にはくれぐれも気をつてけて。
それといきなり無理難題をお願いするよりも、ささやかなお願いごとから少しずつステップアップしていく方が、良さそうです。

そして願い事が叶ったら、必ずお礼をお忘れなく。
自然の法則においては、どんなことにも感謝の気持ちを伝えることはとにかく一番大切です。そうすると次の願い事も・・。どんどん叶えてもらえるようですよ。
また満月の時に瞑想するのも効果的です。
月が満ちていく時には、意識を集中しやすいので、願い事を成就させるパワーがあります。
満月はクリスタルの浄化にもおすすめです。
私は、この前の8月17日にお気に入りのクリスタルを一晩、月の光の下で浄化したのですが、翌朝それを手にしてみると見違えるような輝きで、
今までになくパワフルなエネルギーがチャージされていたように感じました。
また上弦の月、下弦の月にもそれぞれエネルギーの違いがあって、昔の人はこの宇宙のサイクルをうまく利用して生活をしていたようです。
例えば、手術などは欠けて行く月の時が出血が少なく治療にも良いとか、
また浄化や掃除にも良いようです。
いまは科学的な視点から物事を判断したり、重視する方が多いかもしれませんが、ちょっとした遊び心で、色々試してみるのも面白いかもしれませんね。
人はもともと宇宙のサイクルや自然の営みに合わせて、生活してきたので、そうすることで物事がもっとスムーズに運ぶことは間違いないと思います。
そして願い事もその方が早く成就するのでは・・。
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自分を信じろ〜カンフー・パンダ〜
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2008.08.17 Sunday 21:27「カンフーパンダ」と「崖の上のポニョ」を観て来ました。
2本連続で観たのは初めてです。(^-^;
どちらの映画も今の時代を反映していて、とても興味深い映画でした。
カンフーパンダは
奇跡を信じる。自分を信じる。
真の心の強さとは何か。
最後に勝つのは、優等生ではなく、完璧な人でもなく、人当たりの良い人でもなく、外見のカッコ良さでもなく、洗練された人でもなく、・・。
自分を信じること。そして決して諦めないこと。
答えは自分の外には、ありません。
自分の内にあるのです。
秘法の巻物はそれを伝えていますね。
そして映画の中にある親子関係は、とても核心をついていると思いました。
親の期待にこたえようと生き、その人生の責任を親に転嫁する。
たとえそれが誰かにそうしろと言われたからとしても、それを選択したのは自分です。
それを拒否する選択もあったわけですから。
やはり自分の人生はいつか自分が責任をとらないといけなくなります。
期待にこたえた結果。期待にこたえず自分の意思をつらぬいた結果。
両者がどうなったか、その違いがそこにあります。
そして「崖の上のポニョ」
スタジオジブリの作品はいつもとても気持ちよい展開で、何度見ても元気が出ます。
毎回登場する人物の女性が、実にさっぱりとしていて強く逞しく、それでいて女性らしい優しさや心遣いがあり、気風も良く、
それは本来の理想的な女性の姿かもしれません。
老人のキャラも優しく穏やかなおばあさんだったり、厳しいおばあさんだったり。そのメリハリがとても好きです。
そして誰もが誰をも受け入れる心の広さを持っていて、それがごく当たり前に自然なこととして表現されています。
起きることもまるっきり現実離れした話ではなく、それが今の世の中に起きてもなんの不思議でなく、心の目で見ないと見えないものの大切さを誰にもわかるようにとても優しく伝えていると思います。
背景も、日本であってもそれが古い時代のような、ずっと未来のような、またどことなく外国のような雰囲気もあって、どこの国とも特定できない独特の懐かしさに癒されます。
ポニョの両親から、日本の海の神様、綿津身三神(わたつみのさんしん)が浮かびました。
綿津身三神(わたつみのさんしん)は、海面、真中、深海をそれぞれ司る三柱の神様です。
それは心の中の様子にも似ています。
海の海面は荒れていても、深海に行くととても穏やかで静かです。
人の心も同じだと思うのです。
周りの期待に添わなければ・・、と
そんなことばかり考えているといずれ苦しくなり、なんだか訳がわからず、心がざわざわとしてきます。
けれども自分の内面に入っていき、心の深い部分と向き合ってみると、深い部分はとても静かで穏やかであることに気づきます。
人は、この表面的なざわざわだけに振り回されていることを、つい見過ごしてしまいがちです。
「崖の上のポニョ」ではこの海の深いところに行けた人達がキーワードですね。どういう人達がそこへ行けたのでしょう。そしてその結果は・・。
それは見てのお楽しみです。
最近、「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ」というお話をさせていただいたことがあり、
生きていると色々な困難にぶつかります。
ジタバタしているときは o(><;)(;><)o 溺れそうになります。
「溺れるものは藁(わら)をもすがる。」と言いますね。
藁(わら)は、所詮、藁(わら)でしかありません。
つかんでもつかんでも、ボートや浮き輪にはなりません。
けれども死んだ気になって、覚悟を決めて抵抗をやめ、身を差し出してみると不思議なことにちゃんと浮かんでくるのです。
何かを失いたくない時、どうしても目の前にみえているものにしがみつきたくなります。
或いは無意識にしがみついていて、それがただの藁(わら)であることにさえ気づかないでいることもあるかもしれません。そんな時は自分のことに精一杯で、周りからの声や状況も何も見えなくなります。
でも実際のところ、冷静になって考えてみると
何が大事かって言ったら、やっぱり命があることが一番大事で、命がなくなってしまったら、元も子もありません。
溺れそうなときは余分な荷物は出来る限り捨てて、身軽になることだと思います。
命さえあればどうにでもなります。
そして体と心が健康であれば、またどんな生き方も選択出来るのですから。
うーん、`s(・'・;) エートォ...
話が少し逸れてしまったかもしれません。
とにかく「自分を信じろ」〜カンフー・パンダより〜
のテーマに戻りましょう。
夢を実現する鍵は、ただがむしゃらに頑張ることではなくて、
「自分らしさ」そして「一歩踏み出す勇気」だと私は思います。
自分を信じることが、どんなことにも揺るがない強い心を育てることになるような気がします。
そして結果、それが自分の欲しいものを手に入れることに繋がると私は信じています。
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終戦記念日と多羅尊観音
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2008.08.15 Friday 18:40今日は終戦記念日ですね。
数年前ですが屋久島に行った時に鹿児島の知覧にある「知覧特攻平和会館」というところを訪れたときのことを思い出します。
当時はブログでこの時のことを書きたいと思いながら、
私がここで感じたことを、どんな言葉で表現すれば良いのか、どう伝えたら良いのか、伝える術を持たずにいました。
それは今でも変わりません。
先ほどテレビで、戦争についての番組を見ていると、同じ市内在住の方がこの会館に、尽力をされた方だということで、改めてこの会館でのことを思い出しました。
その方は、同じ特攻隊として自分だけが生還したことに罪悪感のようなものを感じて生きてこられたのだそうです。
自分だけが生き残ったことへの罪悪感。
戦争を経験されている方はしばしばこういうことを言われます。
私は本で読んだり、映画で見たり、体験された方のお話をお聞きしたり、そんなことでしか知ることが出来ませんが、それがどんな状況だったかは想像するに余り有るものがあり、簡単に語れるものではありません。
特攻隊はまだこの世に生を受けてまだ幾らも生きていない少年達が、国のため、家族のため、自分がその盾になることで、その命を守ろうと亡くなっていきました。
その方も、その一人で、彼等の慰霊を弔うために、戦争と平和を訴え続け、各地で講演会などを開いて語り続けることがご自分の使命とされていました。
特攻隊の平和会館には、当時の寄せ書きや彼らの写真、遺書、血に染まった遺品などが、展示されています。
それはあまりに生々しく、言葉につまります。

母が息子を思うこの像は印象的でした。
このプロペラ機をみていると、私の魂の記憶のどこかにもありそうな気がしています。
前世があるとかどうかは別として、仮にあると仮定したなら
何度かの魂の生まれ変わりの中でほとんどの方が戦争の経験は持っているように思います。
命の大切さ。
本当は忘れているようで、誰もの魂が記憶していることだと思うのです。
ぎりぎりのところで生きていた人たちの苦しさとか、
自分の命を犠牲にして、死へと向かっていった人たちがいたことを
私達はこれからも忘れてはいけないと思います。
その上で私達のいまのこの平和な世の中が成り立っているのだということを。
生きたくても生きられない人たちが、この平和な時代にも世界のどこかにたくさんいて、そして亡くなっていることも。
みんなどこかで繋がっています。
私はここに展示されていた「お釈迦様」と「千手観音」「グリーン多羅」の曼荼羅図に強く惹かれました。戦火の中で大変な思いをして持ち帰られたものだそうです。かなり大きなサイズのものでした。
私はその場に釘付けになってしまい、暫くの間、そこから動けませんでした。
売店でその複製を販売されているのが目にとまり、入手したのですが、他の方はあまり関心を示さないものだったようで売店の方は少し怪訝な顔をされていました。
展示されていたものは全部で4点でしたが、残念なことに1種類は品切れで、3点しか購入は出来ませんでした。
おそらく手に入らなかった1点は、いま思うとホワイト多羅だったのではと思います。
ターラー(多羅)はグリーンとホワイトがあり、観音様の涙から生まれたと言われています。
それぞれ右目、左目から生まれたという説もありますが。
私がここでグリーン多羅に強く惹かれたことにも意味があったようで、その後もずっとご縁が続きました。
グリーン多羅の体は緑色をしていて、瞳・眼・光輝、救済者などの意味を持ちます。
この多羅は当時、必要があってご縁を感じた方にお譲りしましたが、
あと二つの千手観音とお釈迦様は、うちに勉強にいらっしゃったり、クリスタルを選びにいらしゃる方は目にされていると思います。
もしまた機会があったら、この二つの多羅ともう一度ご縁があることを祈りたいとます。
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アメリカへ
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2008.08.13 Wednesday 01:1910月にアメリカへ出かける準備が整ってきました。
私が「前世療法」を勉強するきっかけとなったワイス博士のワークショップへの参加が目的です。
ニューヨークから数時間移動して環境の良いところで寄宿舎に入り、
滞在してワイス博士との時間を過ごしてきます。
まだカウンセラーの勉強をしていた頃、
前世療法を体験し、ワイス博士にその素晴らしさをメールで伝えたことがありました。
ワイス博士からは短文でしたが、温かいお返事をいただきました。
あれから何年になるでしょうか。
前世療法のセラピストとなった今、そのきっかけとなったワイス博士とお会いすることが出来るとは、当時は考えもしませんでした。
一昨年2006年にも同期のセラピスト仲間に誘っていただいて、
当時は、英会話の個人レッスンまで通っていたのですが、
長時間のフライトと中部国際空港から自力で現地サンフランシスコの空港で合流という、
海外にはツアーしか出かけたことがない私にとってはそれが、かなりの高いハードルに思えました。
フライトの便まで調べていただいたにも関わらず、どうにも決心がつかず、
実際のところその頃はスケジュール的に余裕がなかったこともあり、
10日間も日本を離れるのは厳しかったという状況がありました。
その頃の私には他に優先することがあり、時期を見送ることにしたのです。
同じ頃、たまたま日本では、ワイス博士のことや前世療法がテレビで取り上げられるようになり、日本に居残りした私は、その番組を見ることが出来て幸いでした。
そして昨年はまた同アカデミー出身の方が大勢出かけられたようでしたが、昨年はご縁がなかったのか、そのことに特に触れることもなく、ただ自分の仕事に追われていました。
そして今年はグッドなタイミングで、話がすすみ、英文の申し込みに四苦八苦しながらもなんとか、受付に間に合いました。
申し込みはしたものの、今度は地理も移動手段もわからず、対応の英文にも四苦八苦・・(O.O;)(oo;)
本当に行けるのか一時は途方にくれたこともありましたが
先日なんとか航空券の手配を完了し、ワークショップの手続き完了のお知らせや案内も届き、話が一気に進み、やっとほっと一息つけたところです。
それにしても英語もろくに話せないのにワークショップに参加しようというのも考えてみると度胸のいることですが、まあなんとかなるでしょう。
サンフランシスコで躊躇していた私が東海岸まで行こうというのですから。必要な時期とか、タイミングってこういうものなんでしょうね。
心強いことに、ニューヨークには友人の娘さんが留学しながら、歌手活動をしていて、
時間があれば、案内などをしていただけそうです。
この際なので、観光も楽しんできたいと思います。
本場のジャズとか、ミュージカルとかゴスペルなども是非、聞いてみたいですね。夜景もきれいでしょうね・・・。
いつだったか、まだセラピストになる前に飛行機で外国に飛び立つビジョンをみたことがありました。
何をするのかも決まっていなかった頃です。
当時は飛行機には絶対乗りたくなったのに不思議ですね。
潜在意識はやはり自分がイメージしたように導いてくれるようです。
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